September 5, 2011
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4歳の息子に、どうして時計が怖いのか聞いてみました。

「ひーくんは、どうして時計が怖いの?」と聞くと、じっとこちらを見て、いっこうに答えようとしません。そのうち、「やだ!」とひとこと発すると、並んでいたあたりのオモチャを片っ端から崩し始めました。

黙ってオモチャを崩す。おそらくは、これが彼なりの答えなのでしょう。考えてみれば、時計というのは混沌としたこの世界に前後左右をつけるための、いわば秩序の象徴のようなものです。等間隔で刻まれた文字盤は、その意味では確かに、この世界の自然に逆らっています

うちの息子に限りませんが、子供は、とにかく部屋を散らかすのが大好きです。反面、片付けるのはできるだけ先に延ばそうとします。これはおそらく、世界をできるだけ未文化の状態に保ちたいという自然な欲求で、時に大人がコンプレックスから抱く破壊への欲望とは別のものではないでしょうか。

乱雑を自然とする世界に突如として投げ出された子供にとって、無秩序はいわば「自然」です。その方が居心地がよいのも当然でしょう。そんな中にポツンポツンと、ありえない秩序が埋め込まれている。しかも、それは大抵、丸で囲まれて他から独立している。奇妙です。それが、時計の文字盤なのです。

そう考えると「時計のない世界」というのを、誰もが潜在的にはくぐって来ている。子供にとっては、そのほうが現実です。大人といえども、ふとしたきっかけで、そんな感覚が甦ることもある。「時計が怖い」という感覚を取り戻すとき、僕らはそうした世界に今一度、足を踏み入れ直しているのです。

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— twitter @noieu (via tamanine)

(via electric-itachi)

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